「これでいいや」ってのが口癖の人マジ危険だからこれ読んでほしい。成功を遠ざける理由。
仕事でも、趣味の物作りでも、言ってしまうと危険な言葉があります。
それは、「これでいいや」。
使った意味と別の捉えられ方をする可能性があります。
この一言、実は思っている以上に自分を損させているかもしれません。私自身、この言葉のせいで何度も失敗し、苦い思いをしてきました。今回は、私が実体験から学んだ「これでいいや」という考え方の危険性と、そこから脱却して得られた変化についてお話しします。
【目次】
文化祭の出し物作り
学生時代、文化祭の展示物として「絵」を作っていた時のことです。 もうこれ以上の追加ができない所まで完成したので、私はふと一言、「これでいいや」と呟いてしまいました。
自分としては「ここまでやりきった、これで完成だ」という区切りのつもりでした。しかし、その独り言を聞いていた仲間に、苦笑いしながらこう言われたのです。
「『これでいいや』って何(笑)?」
その言葉の裏には、「みんなで良いものを作ろうとしているのに、そんな適当な気持ちなの?」という落胆が含まれていたように感じました。 自分では「完成」のつもりでも、周囲には「中途半端に妥協した」という印象を与えてしまう。言葉ひとつで、自分の努力の価値を自ら下げてしまっていたのです。
「仕事を頼む側」の視点で考えてみる
もしあなたが誰かに仕事を依頼したとき、どちらの人に次も頼みたいと思うでしょうか?
- Aさん: 「まぁ、これでいいや」と納品してくる人
- Bさん: 「これが私の全力です! 自信作です!」と納品してくる人
たとえ完成品の質が同じだったとしても、Aさんにはモヤッとした不信感を抱いてしまいますよね。 「これでいいや」を口癖にしていると、どれだけ良い仕事をしても、信頼という大きな資産を失ってしまう可能性があるのです。
「自信作です」と言えるようになったら、世界が変わった
私はこの習慣を改め、「これでいいや」から「これが今の私の自信作です」と言えるように意識を変えました。すると、驚くほど自分の中に変化が現れました。
自分の創ったものに対して、「愛情」と「責任」が持てるようになったのです。
例えば、このブログの記事もそうです。「これくらいでいいや」と適当に書いた記事は、後から読み返すと恥ずかしくなりますし、何より目的がない文章は読んでいても面白くありません。 「誰かにこの気づきを届けたい!」と責任を持って書くことで、初めて記事に魂が宿ると考えています。
考え方が変われば、新しい発見が生まれる
「これでいいや」を禁句にすると、思考のスイッチが切り替わります。
- 「本当にこれでベストなのか?」
- 「他にできることはないか?」
そう自問自答することで、今まで思いつかなかったアイデアや、深く考えたからこそ見つけられた発見が次々と生まれるようになりました。 これは単なる気持ちの切り替え以上の効果があります。物事の捉え方が深くなることで、毎日の充実感が以前より格段に上がったのです。
最後に
「これでいいや」と言いそうになったら、一度立ち止まって考えてみてください。 その妥協を捨てた先に、想像もしていなかった新しい自分や、素晴らしい成果が待っています。
私も、この記事を読んでくださった皆さんに「今の自分の全力」を届けられるよう、これからも言葉に責任を持って発信し続けていきたいと思います!










